部屋では私は2段ベッドの上、Hは私の下。ロッカーの鍵が私のベッドの上に1つ置いてあった。これは私のと思ってジーンズのポケットに入れた。その後、隣のベッドのAが「これIKIMのやで」と床に落ちていた鍵を渡してくれた。
次に向かったのは
サンマルコ広場。
この途中でステキなステンドライトに出会う。

これってヴェネチアングラスなんだろうか?
薄いブルーが光に透けて、とてもキレイ。
サンマルコ広場に着くと、人と鳩の多さに驚いた。
鳩はハンパなく多い・・・鳩エサまで売ってる始末。って言うかそんなの売ってるからいっぱいいるんだ・・・。
鳩が嫌いなY。私も低空飛行の鳩は嫌いだが、かわいそうに、Yはいつもビビッていた。
広場のメインとも言える、サンマルコ寺院。

守護聖人マルコの遺体を納めるために建てられたんだとか。
外観は豪華で迫力があって、男性らしい建物だと思った。
内部へ入って見学したけど、残念ながら撮影禁止だった。
内部はゴールド!私の好きなゴールド!外だけじゃなくて中も超豪華。派手だ。
しかも“
パラ・ドーロ”と呼ばれる寺院の宝物があって、これがまたすごかった・・・純金?に多分何百個と言う宝石が散りばめられていて、ため息が出た。
宝物を見るだけに1.5ユーロ払ったけど、これは一見の価値ありだと思う。
そして寺院のお隣の
ドゥカーレ宮殿。

ヴェネチアの街では私が一番好きな建物。
お隣のサンマルコ寺院とは対照的で、優しい色使いと花のモチーフが女性らしいと思った。
大きすぎて全部が写真に収まらないのが残念。
ドゥカーレ宮殿の下で絵を描くおじちゃん。

色使いがキレイで思わずパチリ。
ランチはテイクアウトのサンドイッチ“
INVOLTINO”。

ヴェネチアでよく売られていたサンドイッチロール。これってここの名物?
見た目もきれいで種類もいくつかあって、トマトやモッツァレラ、ハムなどが入ってとっても美味しかった。
お次
はため息の橋。

16世紀半ば、ドゥカーレ宮殿に隣接された地下牢獄からジャコモ・カサノヴァが脱獄したと言われている橋。
ため息の橋の由来は、この橋を渡る囚人たちのため息のことで、橋を渡る=死と言うことだったらしい。
M子の提案で、私たちもこの橋を見ながらため息をついた・・・って言うかうちら全然違くね?
この後街を散策して、休憩のためバールへ。
カプチーノをオーダーし、スプーンでハートのデコレーションを試みた。

なんとなくハートに見える?これがイタリア最後のカプチーノとなった。
ヴェネチア滞在時間が限られていたので、フィレンツェの時と同様5人それぞれ目的地が違うため、M子と私、HとYとAに分かれて行動することに。
M子と私が向かった先は、
サンタマリアデッラサルーテ教会。

この教会も真っ白できれいなんだけど修復中だったのが残念。

内部の祭壇は白を基調として、赤が際立っていて綺麗。
その後は、街の小さな入り組んだ道を彷徨った(“さまよう”って表現がこの街にはぴったり来ると思う)。

ヴェネチアの街を歩いていて思ったことは、カラーリングがきれいなこと。
家の壁も教会も、建物すべての色使いがすばらしいと思った。
「色を学ぶならイタリアで」と言う言葉を聞いたことがあったけど、これなら納得できる。

待ち合わせの時間が近づいていたので、集合場所のサンマルコ広場へ。ここでM子と休憩しながらおしゃべり。
そこへ別行動していた3人もやってきた。
そのまましばらくそれぞれ話をしていた時のこと。
私がスーパーで買ったりんごをM子に見せようと、りんごをスーパー袋から出した時、
私の後ろでカシャン、と言う鈍い音がした。
ん!?と思って振り返ると、私が買ったトマトソースの瓶が道に落ちて割れてた・・・。
ショックと言うよりは早く割れた瓶をなんとかしなきゃと思って、私が片づけを始めると、みんなも手伝ってくれた。
心優しいHは、私に瓶の破片を片付けさせてくれず、自ら拾って袋に入れてくれていた。
みんなの協力のおかげで、早急に瓶の破片を集めることが出来た。
が、瓶の破片をゴミ箱に捨てた後、Hが瓶の破片で指を切ってしまったことが判明。
みんなに「C'est à cause d'IKIM(IKIMのせいだ)」と言われる。
面目ない。Hはまた私のせいでアクシデントに遭ってしまった。ごめんね・・・申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そうこうしているうちに、Hがジュネーブへ発つ時間となったので、Hと別れて残り4人で街歩きを始めた。
お腹も空いていたので、レストラン探し。
イタリア最後の食事は絶対パスタ、ヴェネチアにいるんだからやっぱり海の幸のものが食べたい!
レストランのメニューを見ながらいろいろ探し回った。
そして、作り笑いみたいな笑顔を浮かべて片言の日本語で声をかけてきたウェイターのいるレストランのテラスに座った。
これがイタリア最後のパスタ、ペスカトーレ。

海の幸のエキスがトマトソースと絡まって美味しい!
最後の晩餐にふさわしい美味なパスタを頂いて、とても幸せだった。
そして、電車の関係でもう1泊するYとAと別れ、M子と共に荷物を持ってサンタルチア駅に向かった。
夜11時。ドイツ国鉄DBを使って、ミュンヘン経由でストラスブールへ帰る。
楽しかったイタリア旅行もいよいよ終わり。
なんだかさみしかったけど、家に帰れる嬉しさもあった。きっとすごく疲れていたからだと思う。
夜行列車はクシェットではなく座席だったので、私たちのほかに乗ってくる人がいなければ座席を全部使って横になることもできたけど、残念ながら他の乗客がいたためにそれはできなかった。
しかも乗客が入れ代わり立ち代わりで、ちっとも眠れなかった。一方のM子はすっかり夢の中で、羨ましくてしょうがなかった。
4月27日土曜日朝6:30、ミュンヘン中央駅に到着。
ストラスブール行きの電車に乗り換えなければならない。乗り換え時間はわずか10分。
その時間のうちに、2年前の旅行時と同じく駅の端の方にあるパン屋さんで、焼きたてのプレッツェルを買った。2個で1ユーロしない。安い!
電車の発車時間まであと4分、走ってM子の元に戻り、ストラスブール行きの電車に乗り込んだ。
車内はビジネスマンらしき人もたくさん乗っていた。
さっそくミュンヘンで買った焼きたてのプレッツェルを食べる。
やわらかくてモチモチしてて美味しい!2年前と同じ味に舌鼓を打った。朝じゃないと焼きたてのプレッツェルは食べられないから、とっても貴重。
その後もあまり寝ることが出来ず、車窓からドイツの景色を楽しんだ。
乗車時間4時間を経て、ドイツ・ケール駅に着いた。ここでM子とお別れ。
私は終点ストラスブールまで。ライン川を渡ればすぐだ。

たった1週間離れていただけなのに、だんだんと見えてくるストラスブールの街がすごくいとおしかった。
やっと帰ってきたんだと言う喜びと安心感。ストラスブールの街は、私を温かく迎えてくれた気がした。
駅に着いてトラムに乗ろうと思ったら、なんかのトラブルでトラムに遅れが出ていた。
この超疲れてる時になんてこと!?さっきの気持ちは取り消そうかしら?と思ったが、ここはフランス、気長に待つことにした。
無事にトラムにも乗れて帰宅できたわけだけど。
ストラスブールに帰ってきて思ったこと。それは、静かだな〜と言うこと。
イタリアでは緊急車(救急車やパトカーなど)の音が常に耳に入っていたのに、ここはそんな音も少なくとても心地よかった。
そして、フランス語の音がとても優しいと言うこと。
イタリアは大好きな国だけど、やっぱりフランスが好きだと改めて思った。
今回本当にいろいろあったけど、イタリアを満喫していいところもたくさん見つけられたし、スリ未遂でイタリアの怖さもわかった。フランスのよさも改めて感じることが出来、実りのある思い出深い旅となった。
そして、今回一緒に旅をした、H・Y・A・M子、本当にどうもありがとう。みんながいたからこそ、この旅が充実したものになったと思う。
またいつか、5人で旅行に行けることを願って・・・!fin
.P.S.
イタリア旅行記はこれで終わりです。最後まで読んで下さってどうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。